明るいオカンの作り方

理由はいらない

 

GWまっただ中!良いお天気の日が続きます。
今日は子供達を連れて生駒山上遊園地へ行ってきました。

宝山寺で途中下車し、お参りを先に済ませてからの遊園地。
恐らく、二日後あたりに脚が筋肉痛になる気がします^^;

 

 

走り回る子供達を見ながら、大きくなったなぁ~と実感する今日この頃。
そういえばあの頃はこうだったなぁとか、ああだったなぁとか、色々思い出したりします。

 

 

まだ息子が2~3歳の頃、よくやっていたのが「くるくるまわる」事。
目が回らないのか、廻るだけ廻ってまっすぐスタスタ歩いてしまう不思議!
三半規管がどうなってるのか気になって仕方なかったです(笑)

 

当時ばぁばは
「なんで廻るの!?」

 

とよくパニックを起こしていました。
厳密に言えば理由があるのです。
理由のひとつが「刺激が欲しい」という事。

ところが、それを説明したとしても
「なんで刺激が欲しいの!?廻って気持ち悪いだけやん!?」

 

と返ってきます。

 

「感覚が鈍いから、自分に刺激を与えないと不安なんだよ。」

 

と伝えたところで
「なんで感覚が鈍いの!?自分に刺激を与える意味あるの!?」

 

となります。

 

堂々巡りにも程があります。
そういうもんだ!と理解してくれ!!と言おうにも
「そういうもんてどういうもんなん!?」
となります。

 

最終的には
「もしかして!私を困らせようと思ってやってるの!?」

 

 

 

だーかーらー!!(笑)

 

 

 

どれだけ説明しても。

終わらない!(笑)

 

 

最終的にはこう説明していました。

 

「廻りたいから、廻ってやるねん。」

と。

 

「理由を欲しがる人」は、ある程度、根拠のある理由があったとしても納得しない事が多い気がします。

 

それは「自分が納得する(できる)理由」じゃないから。
自分の人生で経験してきた範疇を超える「理由」は、何をどうあっても納得出来ない!ようです。

 

 

「多分、こういう理由であの人こう言わはったんやと思う!」
「私、こう思われてるから、そういう風に言われるねん!」

 

 

全て、「自分が思う理由」です。
本当に、他人が考えている理由とは違う可能性だって、多々、あります。

本来は、何かしらの理由はあることかもしれません。
ただ、それは「自分が納得出来る理由」とは限りません。

 

 

なので、ここはひとつ、おおらかに。

「そうしたいから、してるだけ。」

 

 

で、納得してみましょう。
こっちがそれに対して「きぃぃぃぃぃ!!」とならなければ、気がつけばそういった行動も収束します。
(飽きるのか、納得したのかは謎ですが(笑))

 

 

ちなみに、うちの息子。
現在はぐるぐる廻ると、しっかり目が回るようです。
目が回ると気持ち悪いのか、全く廻らなくなりました。
(三半規管が成長した?)

 

目の前の「困りごと」は一生モノではありません。
お子さんは必ず成長します。
今の「困りごと」が収束しても、形を変えて数年後に再発!?なんて事もあります。

 

 

大事なのは、「今の子どもといかに楽しく過ごすか」。
自分が思っている「理由」を取っ払うと、けっこう楽になること、受け合いです。

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