明るいオカンの作り方

4年前の記録

 

さて、先日Facebookを見ていたら、4年前の記事があがってきました。
当時こんなんだったなぁ~!というところと、その後の経過・考察を含めて
まずは4年前の投稿から。

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昔は(ファッション的な意味での)アバンギャルドを目指したものですが
現在はただのオバンギャルドになってしまった残念な今日この頃。
2013年も終わりに近付いて、そろそろ1年の諸々を総括する時期がやって参りました。

 

さて、1年半ほど前に受けた発達検査で「1歳半~2歳までくらい」の
精神発達度合いであるという結果が出たトモテルさん。
ここ最近の「いらんか!」(嫌の意)攻撃に私始め先生や事業所の方が
数多く爆風に巻き込まれて精神的な満身創痍。

 

一体なんという兵器なんだ!?
と情報収集と対策、対応について会議を重ねた結果・・・。

 

そう、それは兵器ではなく太陽の黒点増加による活動の活発化。
否、2歳児のイヤイヤ期による太陽フレアの大量放出によるものと判明。
とうとう磁場が変わったのか!!

 

なんて悠長な事言ってる場合じゃないんですってば、ええ。

 

とはいえ、2歳の精神状態になったという事は成長した証。
この時期を乗り切ればまた更に成長してくれるハズっ!

 

・・・いや、待てよ。
2歳になるのに9年かかった訳で・・・。
この2歳を一体何年やる事になるのかΣ(ノ°▽°)ノハウッ!
想像するだけでもオソロシイのですよ。

 

バスに乗るのも嫌だとか言って周りを困らせつつ
隣のバス停からわざわざ家までトモを迎えに来てくれて
一緒にバス停にいってくれたけーちゃん&けーちゃんママ。
先日までのイヤイヤが嘘のように嬉々としてバス停まで一緒に行き
先日までのバスの前でひっくり返ってたのが嘘の様にサクサクバスに乗り。

 

あまりの嬉しさに先生にすぐ電話で報告。
けーちゃんママってばなんてナイス!!と思わぬ援軍に沸き立つ本陣。

 

しばらくはこんな一進一退をしつつ、日々なんとか頑張っていきたいと思います。

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こんな感じの4年前。
小学部2年まで自己通学で車で送っていました。
3年生から初めて通学バスに乗り始めたのですが、これがまた最初は苦戦しました。
トミカの絵本を持たせたり、好きなぬいぐるみを持たせたり。
バスのなかで本人が飽きずに過ごせるように、色々工夫しましたが、なかなかうまくいかず。
そして、なぜか挨拶を一切しない運転手さんと、ちょっとした勘違いから介助員さんに怒鳴られた事をきっかけに
いよいよバスに乗れなくなりました。
それはもう乗せるだけで一苦労、大騒ぎです。
バスの下に潜り込もうとしたところを必死で引きずり出した事もありました。

学校とも話し合いを重ねました。
校長先生も教頭先生もすごく心を砕いてくださいました(教頭先生は毎日お電話を下さるほど)。
そして、娘が手作りでつくった「きっぷ」を毎回乗るときに運転手さんに渡すという儀式をする事で
なんとかバスに乗り込む事ができるようになりました。
(学期が変わる時に運転手さんのバスの号車が変更になり、毎朝にっこり挨拶をしながら「きっぷ」を
受け取ってもらえるようになったのは、非常に大きかったです。)

 この切符は生駒山上へ向かうケーブルカーの名称「ドレミ」。
「スイート」もありますが、なぜか切符は「ドレミ」だけです。
ほかにも「きっぷ」と書いたものも存在します。
最初は娘が作っていたきっぷも、今では自分で書いたりするようになりました。

そして現在。
中学部1年になった息子は、毎朝「きっぷ」を片手にいそいそとバスに乗り込んでいます。
たまにあの時の苦労を思い出しつつ、成長を感じる日々です。

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